小悪魔は愛を食べる
2.それぞれの箱
* * *
眩しい日差しを遮光するために広げられた保健室のカーテンが風で揺れ、隙間から太陽が覗く。その僅かな光でさえ芽衣には苦手なものらしく、ささっと素早い動きで壱弥の影に隠れた。
「芽衣、知ってるか?人間の体ってのはある程度太陽の光を浴びないと、うつ病になったり…」
「やだやだー!嫌いったら、嫌いなの!」
日の光を遮っただけでは物足りなかったのか、壱弥の言葉まで遮った芽衣に養護教諭の南野凛子がくすりと笑った。壱弥が困ったように振り向いた。
「凛子ちゃん、笑い事じゃないですよ。うちの芽衣ちゃんに何かあったらどうするんですか。だから、ほら、芽衣ちゃん。太陽の光っていうのは…もがっふごっ」
気を取り直して壱弥が続きを言おうとすると、今度は口ごと塞がれた。
「嫌いなものは嫌いなの」
きっぱり言い切った芽衣に「よく言った。まあ飲みなさいな」と凛子が茶を出す。緑茶嫌いな芽衣に合わせて紅茶だ。壱弥が「俺にも」とついでのように頼むが、「自分で」と突き放された。
「凛子ちゃんてさ、芽衣お気に入りだよね。どこがいいの、こんなガキ」
「あら。三島がそういう事言う?アンタと瀬川が一番華原のこと好きなくせに」
くすくす笑って姫華の前にも凛子は紅茶を差し出した。バツが悪そうに「うっせぇ」と姫華が紅茶を飲み干す。
「おーい、姫華と俺を一緒にすんなよ?俺のほうがめちゃくちゃ芽衣好きだから。すごくすごく好きだから」
ねー!と芽衣を椅子に座る自分の膝にのせて壱弥が同意を求めるが、猫舌の芽衣はちびちび紅茶を飲むのに必死で話すら聞いていない。
姫華の「はっ」という哀れみを含んだ嘲笑に壱弥の笑みが引きつった。
そんな風に二人の間に目に見えないブリザードが吹き荒れる中、何かを思い出したのか突然弾かれたように芽衣が顔をあげた。
「ねえイチ…ちょっと訊きたいんだけど」
「ん?なになに?」
「うーんとね、えっと…」
「なに?」
珍しく歯切れの悪い芽衣に壱弥が顔を寄せて聞き返す。