小悪魔は愛を食べる
「まぁ、でも確かに今うちの学校で華原の元彼以外の人気ある男っていったら、瀬川か倉澤くらいよね。ただ、どっかの誰かさんは本気で付き合わないらしいから、倉澤の方がちょっと人気あるのかしら?」
「ちょ、え?どっかの誰かさんて俺のこと?」
ふむと凛子が物知り顔で壱弥を見遣る。慌てた壱弥が否定しようとすると、すかさず姫華が「年頃だもんねー」と嫌味を言った。
「凛子ちゃんも姫華も、なんで芽衣の前でそういう事言うかな。怒るよ?」
壱弥の表情が強張ったのを見て、姫華が目を逸らす。
「いいじゃん。どうせ芽衣も遊んでんだし」
「遊んでないもん。本気じゃないだけだもん」
「そういうのを遊んでるっていうのよ、世間一般では」
姫華の言い草に芽衣が反論すると、今度は凛子がにこりと正した。
さすがに何か思うところがあったのか、心持ち控えめに「ちがうもん」と呟いて壱弥の指を握っては離し握っては離しと遊び始めた。可愛らしいそのイジケ方に、壱弥が芽衣を擁護した。
「こら。芽衣いじめんなよ、凛子ちゃん。いくら凛子ちゃんでも芽衣泣かせたら黙ってないから」
「どうしてそうなるのよ」
「芽衣が俺のお姫様だから」
「うわ。くっさ!ファブリーズないの、ここ」
臭い台詞に姫華がきょろきょろとファブリーズを探す真似をする。壱弥はひくりと口の端を引き攣らせて「ファブんなくていいから座んなさい」と姫華に座るように顎で促す。そうして姫華が黙って指された椅子に座ったのを見届けて、続けた。
「べつに俺も芽衣も遊んでる訳じゃねぇよ。ただ、こっちが本気じゃないのに、勝手に向こうが本気になるだけ」
「そうそう」
相槌を打つ芽衣に呆れたように凛子が溜め息を吐き出す。
壱弥の言葉の意味を半分も理解していないだろう芽衣が頷くのが、可愛いやら可笑しいやら、凛子も姫華も妙に複雑な気分だった。
というのも、芽衣という少女はどうしようもなく子供だ。真剣に向き合っていれば誰もがそう思う程に、どこまでも幼い子供。
そんな本気で誰かを好きになった事なんかない子供が、本気がどういうものか知らない子供が、本気と遊びの違いがわかるはずもないのに背伸びする様が滑稽で愛しかった。