小悪魔は愛を食べる
霞む視界に絢人の濡れた唇が歪んだのが映った。
キスひとつで自分をこんなにも翻弄してしまうこの男はきっと人間の皮を被った何か人と違う生き物なんじゃないかと、初音は真剣に思う。
教室での絢人はストイックで人を寄せ付けない雰囲気を醸し出しているのに、本質はいやらしくて艶やかで色っぽい。
騙されて騒ぐ女の子達が哀れだ。こんなの詐欺だ。
じっと見据える初音に、いやに可愛らしく絢人が小首を傾げた。
「満足?]
「生憎、キスひとつで満足する程可愛い女じゃないのよ。私」
初音の腕が絢人の首に絡む。しかし引き寄せようとすると絢人は急に表情を無くして云った。
「ふうん。けど次は駄目。俺、古典出るから」
表情と共に初音への興味すら失せたような急激な熱の引きに、初音は甘えるように縋った。
「いやよ。一緒にさぼってよ」
「駄目。一応、この学校の期待の星ですから」
だから放して。と目で訴える絢人を、諦めたような溜め息一つで初音は解放した。
「………優等生のふりも面倒ね」
「お互いさま」
するりと通り過ぎていった絢人が廊下の向こうへ小さくなっていくのを見ながら、今年で最後かと初音は目を閉じる。