小悪魔は愛を食べる
『俺ね、芽衣しか好きじゃないんだ』
心臓が止まったかと思った。
呼吸という概念が消えた。
目の前が真っ暗というか何も見えなくなった。色も何も、見えなくなった。
『でも、アンタもそれでいいって言ってくれたじゃん。一番じゃなくてもいいから、付き合ってって。忘れた?』
『そ、れは…付き合ってから、一番になればいいって思ったから』
『あっそ。期待させちゃったか。……ごめん。けど、俺…やっぱり芽衣しか可愛いと思えないし、好きじゃないから。そういう考えならもうアンタとは付き合えない。ごめんね。別れてくれる?』
涙が零れた。自分が言われたわけじゃないのに、涙が溢れた。
最初は気になる程度だった。笑顔が眩しくて、誰とでも仲良く出来て、女の子に優しい。
好きだと自覚するのに一月。
初めて声をかけたのが好きだと気付いてから二ヵ月後。
毎日毎時間廊下を歩いた。
用も無いのに彼のクラスの前を通ったりもした。
ちょっとだけでも見れるのが嬉しくて、幸せで。それだけで一日幸せだったり不幸だったりするのに、どうして好きじゃないなんて思える?恋じゃないなんて言える?
神様。私は、彼が好きです。私は彼が、好きなんです。
震える手で、持っていたファイルを抱き締めた。
不意にガラっと教室のドアが開く音がして、肩に衝撃。ファイルが落ちる。目の前を女の子が泣きながら走り去っていった。
床に落ちたファイルを拾おうと、屈んで手を伸ばす。
ぽたり。涙が床に零れ落ちた。
拭かなきゃ。早く床の涙を拭いて、今もなお零れそうな涙を拭って、ファイルを拾って立ち上がって逃げなきゃ。
わかってるのに、頭と心と体のバランスがぐちゃぐちゃで、初音はただ蹲って泣いた。
『あれ、里中さん?』