小悪魔は愛を食べる
不意に隣の教室からざわめきがどっと押し寄せ、机や椅子の動く音が喧しくなる。A組のホームルームが終わったのだと気付いて壱弥と芽衣がドアの方に視線を伸ばした。
「ちょっと!廊下でナナ待たせて何やってんの」
期待を裏切らない姫華の登場に自然と芽衣も壱弥も笑んだ。七恵が慌てて姫華の手を握って押し留めようとする。
「ち、違うの!あたしが勝手に待ってただけで…」
「え?そうなの?」
「そ、そうなの!」
「あっそ。もうなんでもいいや。ほら、帰るよ」
七恵の手を引っ張ってずかずかと遠慮なく教室に踏み込んできた姫華に女子がさっと目を逸らし、男子は浮き足立ってちらちら姫華を窺い見ている。
うざ。と思いながらも姫華は平静を装って壱弥と芽衣の前に来た。七恵が困ったように眉を八の字にして俯く。
「どうした、七重。具合でも悪い?」
心配した壱弥が七恵に手を伸ばす。頬に触れそうになった手に、七恵が身を引いた。
「だっ!だだっだめ!触ったら駄目!」
「は?」
壱弥がぽかんと間抜けな顔のまま固まった。芽衣と姫華が止まったままの二人を交互に見比べ、ふむと一息。
「おいおいおいーイチー。ナナを誘惑するなんてやるじゃーん?」
「やだ駄目ぇー。イチもナナもわたしのなの!」
にやつく姫華と、腕に抱きついてきた芽衣を抱き締めた壱弥が視線を交える。途端に一瞬の間を置いて壱弥が噴き出した。くつくつと肩を揺すって笑う壱弥に姫華も笑い出す。
「な、なんで笑うのさー!」
七恵が子供染みた口調で姫華の肩を揺らし、同時に自らも笑い出した。
状況をつかめていない芽衣だけが焦ったように壱弥の腕を引っ張るが、笑いこけている壱弥に代わって姫華が芽衣に教えた。
「あのね芽衣、ナナはえっちだから壱弥に触られるのが恥ずかしかったのよ」
「ち、ちがっ」
「違うんだ?じゃあこういうことしても平…」
「ぎぃゃぁぁああ!!!!」