小悪魔は愛を食べる
『どうか芽衣を守ってやってくれ』
彼は震えていた。
手が、肩が、震えていた。寒い冬の日の玄関先だった。
しかし、彼の震えが寒さからくるものではないと、聡かった壱弥は気付いていた。
泣いていたのだ。
己の不甲斐なさと情けなさと、愛しい孫娘を手放さなければいけない切迫した感情に、唇を噛み締めて泣いていたのだ。
強く、強く。握り返した手に、温かい水滴が零れたのが今でも鮮明に記憶に残っている。
あの時、誓った。芽衣を守ると。
芽衣を笑わせるのも、抱き締めるのも、好きだと言うのも、ずっと傍にいるのも、自分だけだと信じてきた。
出会った時からずっと。ずっとだ。
ずっとそう思って、歳を重ねるごとに綺麗になっていく芽衣の隣で笑ってきた。
だから、これからもそうだ。これからもうそうやって生きていく。他の生き方なんて出来やしない。する必要も無い。
芽衣だけだ。好きなのも愛しいと思うのも守りたいのも、ずっと芽衣だけ。芽衣の存在が無気力で無価値だった自分を価値在る存在にしてくれたのだ。
芽衣を失ったら、何も残らない。それはただただ、足元からぬかるんで来るような深い陰鬱とした恐怖だった。
そんな危うい思考を振り払うように首を緩く振って、壱弥は鍵を掴む指先に力を込めた。
紗江子が在宅であれば鍵など使わずともインターホンを押すだけで事足りるのにと、面倒を感じながら鍵を回す。
ガチャンとわざとらしいくらいにロックが外れた音がした。