小悪魔は愛を食べる
『朝からうぜぇな。一体なにが言いたいわけ?』
「姫華さ、芽衣が人に面と向かって拒まれるのって見たことある?」
『ないけど』
「俺はあるよ。すっげー昔だけど」
自嘲のような響きの声に、姫華が寝起きとは違う低い声を返した。
『で?』
「で、って?」
『だからぁ、何のためにあんたが四六時中一緒にいるのよ!そういうののフォローするためでしょ!いーい?迷うな。アンタが迷えば芽衣も迷うんだから。わかった?わかったらさっさとこの電話切って、芽衣連れて学校行けっつの。あ、ついでに私と七恵遅刻だからよろしく言っておいて』
一息に捲し立てられ、壱弥が片目を瞑って受話器から僅かに耳を離すと、そのままブツっと切られてしまった。
ツーツーと鳴るだけの、仕事を終えたケータイを丁寧に閉じる。
暫く手の中でケータイを回して、壱弥が独り言つ。
「りょうかい」
届きはしない了承が甘く掠れたのはきっと、欲しい言葉をいつだって的確にくれる姫華への感謝が混じっていたからだろう。
壱弥が迷えば芽衣も迷う。
守ろうとしなければ、守れなくなる。
約束を、違える訳にはいかないのだ。