小悪魔は愛を食べる
「どうしたの?拾いにおいでよ」

散乱した鞄の中身を指して促す絢人に、芽衣が俯いたまま教室に入ってきた。

「何か足りない物とかあるなら今言って。さっき顔覚えといたから」

自分の足元にしゃがみこんで化粧品から拾い始めた芽衣にそう言いながら、三人の顔を思い浮かべる。

顔と名前がなかなか一致しないが、まぁ大丈夫だろう。顔さえしっかり覚えていれば問題は無い。

絢人がそんな風に思考を巡らせていると、不意に芽衣が顔を上げた。

「なに?」

何か持ち去られたのかと絢人が上半身をやや前のめりにして芽衣の手元を覗き込む。

しかし芽衣は「ファンデ割れちゃった」とだけ呟いて、ふんわりと微笑んだ。

それからもう殆ど衝動に近かった。

手が勝手に細い二の腕を掴んで、その反対の手の指が柔らかい唇を辿る。甘い、心地好い匂いが鼻先を掠めて、柔らかくウェーブした髪が頬をくすぐった。

「…なんで」

芽衣の濡れた唇がふるりと震えて意味の無い言葉を紡ぎ出す。

もう一度、絢人は芽衣に顔を近づけて囁いた。

「さぁ。俺にもわかんないけど、もう一回したら…わかるかも」

ちゅ。と今度は濡れた肉が触れ合う音がする。

触れただけですぐ離れた唇に、芽衣が乱れた息を吐き出す。

絢人は薄く目を開けて、芽衣の顎に手を滑らせた。

「キス、したことないの?」

「あ、ある…けど」

「ああ、じゃぁ慣れてないんだ」

含み笑う絢人に、とくとくと心臓が小うるさい。

上がっていく心拍数を抑制しようと、芽衣は胸の前で持っていたコスメポーチを握った。

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