小悪魔は愛を食べる
「壱弥…」
七恵が何か言おうと壱弥の名前を呼ぶ。
けれど次に続く言葉がみつからず、舌が口の中で無駄に分泌される唾液にじっとりするだけ。
嫌な沈黙に空気が冷めていくのがどこか他人事のように感じられ、七恵は半開いていた口をむっと閉じた。
壱弥が手持ち無沙汰に足を組み替える。重苦しい沈黙がまるで今の天気みたいだ。
そんな中、虚をつくようにガラッとローラーが力任せに転がされた音が部屋に響いた。
三人は反射的に扉へ振り返る。
視線の先には鞄を肩に引っ掛けた姿で真鍋が、その少し後ろに芽衣が立っていた。
「いっちゃん、そうすけ暗い教室怖かったぁ」
ズルッと壱弥が机についていた肘を滑らせて上体を倒す。所謂世間で言うずっこけた状態だ。
そのまま壱弥は頬をぴったり机にくっつけて大きく溜め息を吐き出した。
「何が『そうすけ怖かった』だ。気持ち悪いんですよ、マジに」
「ひどぉーい。いっちゃんの言いつけ通りに芽衣ちゃん連れてきてあげたのにぃ」
「だから、それ気持ち悪い。キモイで済まないレベルで気持ちが悪い。つーか、いっちゃんて呼ぶな。芽衣、そんなのの横にいるとなんか変な菌が伝染るからこっちおいで」
芽衣を手招きながら言う壱弥に、真鍋がムスッと口を尖らせて扉の枠に寄りかかった。