小悪魔は愛を食べる
「ねえ、芽衣ちゃんの亡くなられたお母様も、やっぱり綺麗な人だった?」
「え…」
一瞬、心臓を鷲掴まれたような気分になって、芽衣が息を呑んだ。
けれど何か答えなければと、口が勝手に開く。
「えっと、お母さんは……すごく、優し、かった、です。うん。それで、だから…わたしを守って、……いなくなっちゃった」
「そう、なの」
死という言葉を口にするのが嫌なのだろう。それを察した美央はにこりと微笑んだ。
「でも、こんなに可愛い娘が産めて、芽衣ちゃんのお母さんは幸せ者ね。羨ましいわ」
美央の言葉に、芽衣が目を見開く。唇がふるりと一度だけ、震った。
「…それ、ほんとう?」
「ええ。私ならそう思うもの。絶対」
拳を握って力説する美央の姿を視界に捉えながら、芽衣が言葉を探して、漸く声にする。いつもならば簡単に言える一言が意外に難しい。と、この時ばかりは芽衣も緊張した。
「ありがとう」
遠慮がちに笑った芽衣に、美央がまた微笑んだ。泣きたくなる気持ちを堪えて、芽衣の手が美央の肩に触れる。
「大好き。美央さん」
声が震えたのはきっと、嬉しいからだ。嬉しくて、幸せで、声が震えたんだ。
そう、自分に言い聞かせて芽衣はまた笑った。上手く笑えた自信はないけれど。
堪えた涙が別のなにかを塞き止めたように、芽衣の瞳は無感情を映すだけのガラス玉に成り代わって、記憶の奥から声がした。
『愛しているの。あの子を、本当に愛しているの』
おかあさん、ほんとうに、めいを、あいしてた?
嘘でもいい。偽りでもいい。だから、一言。
それだけで、これからもずっとずっと幸せに生きていけるから。
だけどもう、声は聞こえない。