落日


やがてマンションに到着し、部屋に入ると、聡はそのまま寝室に入り着替えを始めた。


「なぁ、依子。なにか話があったんじゃないのか?」

「えっ?」

「今日、会えるか?って訊いてきただろ?」

「あ……っ、うん……」


ソファに座っていた私はスッと立ち上がり、開けっ放しになっている寝室のドアの陰に立った。


「あのね……。彼氏と別れたの」


言ったあと、それまで寝室から聞こえていた物音がぴたりと止む。


「――私、フィレンツェから帰ってきたあと、ずっと聡のことが気になっていて。だから、聡に再会したときはすごく嬉しくて……」


あれだけ、自分の気持ちを打ち明けることが怖かったのに。

誠司と別れたことを切り出したとたん、気弱な私の口は次から次へと聡への想いを語り始める。


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