ひとひらの記憶
医師は、ドアの前で色々と考えているようだった。
やがて考えがまとまると、私とお母さんの方を向き


「恐らく、手術のショックで記憶を失ったのでしょう。また記憶が戻るかもしれませんし、戻らないかもしれません。我々としても初めてなので確かなことは何も………」


そう言うと、俯いてしまう。
何も分からなかった自分が歯痒いのだろうか……。

医師は、軽く唇を噛み顔を上げる。


「我々も、全力を尽くします。記憶が戻ってくれるかどうかは分かりませんが、できる限りの努力をしましょう」


力強くそういい残すと、医師は去って行った。


お母さんと悠さんは少し俯いて、下をぼんやりと見つめていた。
お母さんの頬に、一筋の涙が流れた。涙は、静かに地面に落ちる。

―――私のせいで…………。

私は必死の記憶を探した。

何か、一つでもいい。
覚えていることはないの?

でも、いくら頑張ってみても、記憶は見つからなかった。思い出そうと記憶を探すたびに、頭がズキズキと痛む。それでも、必死に記憶の糸を手繰り寄せようとした。

お願い……一つでもいいの。
どんな些細な記憶でもいい。
思い出させて――……。

どんなに頑張っても、私の記憶達は答えてはくれなかった。記憶は探すなとでも言っているかのようだ。
さっきよりも、頭に痛みが酷い。

駄目なの?
どうして…どうして何も思い出せないの?
もういくら頑張っても、思い出せないのかな……?

私は、記憶を探すのをやめた。
すると、さっきまでの頭痛が嘘の様に止んだ。

思い出せないの?
お母さんのことも、悠さんの事も……。
嫌だよ、そんなの嫌だ――……。



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