ひとひらの記憶
お母さんは悠さんを見つめると、


「言ってなかったかしら?」

「はい。俺の記憶が正しければ言ってないと思います」


それから少し考えて――……


「あら本当!! 言ってなかったわ」


口元に手を当てて、ちょっと驚いていた。


「もう、やだわ。歳はとりたくないものね」


そう言うと苦笑しながら、私の入院について語りだした。


「沙良はね、心臓の手術をしたの」

「………手術………」

「そうよ。沙良は小さい頃から心臓が弱くてね。運動がまったくできなくて。小さい頃は、そんなに気にしてなかったみたいなんだけど、大きくなってくると、やっぱり周りのこと違うと、気になるものなのね。
私も運動したい。どうしてしちゃ駄目なの?って、何度も何度も尋ねてくるようになって。
そのうち、先生が手術で治るかもしれないって言ってた。私手術してみたいって……」


お母さんは、懐かしそうに、でもちょっと切なそうに話す。


「私達は猛反対したのよ。でも沙良は、何でもする、頑張るからって……。それで受けたのよ、手術を。
成功はしたけど、沙良は記憶を失ってしまった……。
でも、手術が失敗して沙良が死ぬ、なんて事にならなくてよかったわ。ありがとう」


お母さんは、そう言って私を見つめた。
私も思わず見つめ返す。


「ど……どういたしまして……デス」

「もうやめて。家族なのに敬語なんて!!」


お母さんは私の背中を思い切り叩いた。
い……痛い。もの凄い威力。
私一応、病人なのに…………。


「痛い………」

「えっ!? あらやだ。思い切り叩いちゃった。ごめんなさい~。やだ、痛む?」


お母さんは焦っておろおろしている。
私は慌てて言った。


「だ……大丈夫。そこまで痛くはないから」


お母さんはホッと溜息をつくと、安心したのかにこりと笑った。私も思わず溜息をつく。

お母さんに叩かれた背中は、じんじんと痛み、少しの間、熱を持っていた。



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