ひとひらの記憶
40代前半くらいの女性が、話しかけてきた。
恐らく、私の母親くらいの年齢なのだろう。

もしかしたら、この女性が母親なのかもしれない。
彼女は、美しい女性だった。


「沙良…私も分からないかな?」

「分からない…。ごめんなさい……」


私は素直にそう答えた。
女性は一瞬驚いたが、やがて悲しそうに微笑むと、


「私はね、貴方のお母さん。皆藤美奈子よ」


と、そう言った。


この人が、私のお母さん――――……。

私はしばらく、その人を見つめた。
何か……見覚えのある懐かしい顔。
でも、やはり思い出せない。


「私の……お母さん。……皆藤…美奈子……」


その時。医師が入ってきた。


「検査は異常ありませんでした。あと一週間程で退院できますよ」


検査結果の紙を見ながらそう言うと、すぐに病室を去って行こうとした。


「あの…先生。この子、記憶喪失…みたいなんです」


その言葉にドアノブに手をかけていた医師が止まる。
手を降ろし、ゆっくりと振り返った。


「……記憶…喪失……?」


医師の声は震えていた。目は、驚愕に見開かれている。
母はこくりと頷いた。

記憶喪失――そうか、私は記憶喪失なのか。
だから、悠さんやお母さんが分からないんだ………。



< 9 / 23 >

この作品をシェア

pagetop