天使の降る夜
 「沙夜斗、これなぁに?」
恭は、古ぼけた本を手にしていた。
どこか懐かしい匂いのするそれは、何年も忘れ去られ、クローゼットの奥にしまわれていたようだ。
「なんだ?」
沙夜斗は手にしていた雑誌を置き、恭のもとへと近づく。そして恭の横に座り手元を覗き込む。
青い表紙の、古ぼけた本。
「どこから出してきたんだよ」
沙夜斗は苦笑しながら、言う。
彼は、それがなんだか思い出したようだ。
「寝室のクローゼットの中。掃除していたらでてきたんだ」
恭は手にした本を、パラパラとめくりながら言う。
「何コレ、天使?」
恭は、色あせたイラストが描かれたページで、手を止める。
そこには、白い布を纏い、羽のはえた人が描かれていた。
神秘的なそれは、確かに天使と呼ぶに相応しい出で立ちだった。
「俺の唯一の親との記憶」
恭の手から、沙夜斗は絵本を取り上げる。
「お母さん?」
彼の家庭環境を知っている恭は、とても優しい声で囁く。
「ああ、小さいころ、寝る前によく聞かされた」
沙夜斗は思い出を手繰るように、その絵本を初めから捲っていく。
「どんな話?」
恭は、沙夜斗の手元を覗きながら言う。
「神話をモチーフにした話さ。天使の羽の話」
「羽?」
当然、天使がメインだと思っていた恭は、少し意外な気がして尋ねる。
「ああ、羽さ。昔から天使は、神秘的なものとされていただろ?だから色々な逸話があるんだよ」
「これはそのひとつなの?」
「じゃないかな?俺は詳しく知らないけど、母さんがそう言っていた気がする」
「ふーん、カトリックの学校だけど、そういう話はきかないや」
「そうか、お前の勤め先はカトリックだっけ」
「うん。ミサとかやるんだよ、簡略式だけどさ。初めは面白かったけど、何度もやると正直飽きる」
赴任した最初は、初めてのことでミサには興味があった。
だが、何度も同じ事をやっていると、ただ座っているだけのミサは、恭にとって退屈なモノへと変わった。
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