天使の降る夜
隣で寝る恭の髪を、沙夜斗はさっき恭がしていたように撫でる。
沙夜斗は、自分の最後を解っていた。
今日は朝から気分が良くて、その気持ちは久しぶりのものだった。
だから悟った、自分の最後を……。
指先まで忍び寄ってきた死に気づいて、沙夜斗は微笑んだ。
どんなに痛み止めを飲んでも、常に身体をとりまとっていた痛みが遠のいていく。
それと引き換えに、指先から広がってゆく、奇妙な陶酔感。
そのとき、死というのを漠然と理解し、沙夜斗は不思議な感動を憶えた。
隣で幸せな顔をして眠る、恭を軽くつつく。
起こして、最後の別れをしなくては。
目が覚めたら、隣に冷たくなった恋人がいる……そんな悲痛な目に、愛しい恭をあわせてはいけない。
しかし急速に力が抜けていく。
時間がない。
沙夜斗は祈った。
恋人に別れを告げた男のように、
ただ別れを告げるだけでいい、
ほんの一時でかまわない。
時間を……!
その時、急に力が抜けていくのが止まった。
時が止まったような、そんな奇妙なかんじ……。
不思議に思いながらも、とにかく沙夜斗は最後の仕事をする。
そっと肩に手をおき、恭を起こす。
「んーー?なあに沙夜斗?」
恭は、目を擦りながら身体を起こす。
目元が赤くなるからと、何度注意しても治らなかった、恭の癖。
それを注意するのは、もう自分ではない。
恭の胸元には赤い花びらが、散っている。
この赤い花びらもやがて消えるだろう。
―沙夜斗のものだという刻印が―
沙夜斗はもうなにも言えなかった。
頭を撫でてやりながら、ただ微笑む。
「沙夜斗?」
呼びかけても、沙夜斗は微笑んだままだ。
恭の好きな沙夜斗のもう一つの笑顔。
本当に心を許した人にだけ見せる、すべてを包み込むような笑顔。
それだけで恭は何かを悟ったようだった。
「逝っちゃうの?」
沙夜斗は淋しげに笑う。
恭の目に涙がたまる。
俯いて何事か考えていた恭が、ふいに顔をあげる。
「大丈夫だよ……一人でも、大丈夫だよ」
その表情は必死に泣くのをこらえ、笑顔をつくっている。
沙夜斗に心配をかけないように……。
沙夜斗は指で、恭の眦に溜まっている涙を拭いて、深くキスをする。
―最後のキス―
沙夜斗は、自分の最後を解っていた。
今日は朝から気分が良くて、その気持ちは久しぶりのものだった。
だから悟った、自分の最後を……。
指先まで忍び寄ってきた死に気づいて、沙夜斗は微笑んだ。
どんなに痛み止めを飲んでも、常に身体をとりまとっていた痛みが遠のいていく。
それと引き換えに、指先から広がってゆく、奇妙な陶酔感。
そのとき、死というのを漠然と理解し、沙夜斗は不思議な感動を憶えた。
隣で幸せな顔をして眠る、恭を軽くつつく。
起こして、最後の別れをしなくては。
目が覚めたら、隣に冷たくなった恋人がいる……そんな悲痛な目に、愛しい恭をあわせてはいけない。
しかし急速に力が抜けていく。
時間がない。
沙夜斗は祈った。
恋人に別れを告げた男のように、
ただ別れを告げるだけでいい、
ほんの一時でかまわない。
時間を……!
その時、急に力が抜けていくのが止まった。
時が止まったような、そんな奇妙なかんじ……。
不思議に思いながらも、とにかく沙夜斗は最後の仕事をする。
そっと肩に手をおき、恭を起こす。
「んーー?なあに沙夜斗?」
恭は、目を擦りながら身体を起こす。
目元が赤くなるからと、何度注意しても治らなかった、恭の癖。
それを注意するのは、もう自分ではない。
恭の胸元には赤い花びらが、散っている。
この赤い花びらもやがて消えるだろう。
―沙夜斗のものだという刻印が―
沙夜斗はもうなにも言えなかった。
頭を撫でてやりながら、ただ微笑む。
「沙夜斗?」
呼びかけても、沙夜斗は微笑んだままだ。
恭の好きな沙夜斗のもう一つの笑顔。
本当に心を許した人にだけ見せる、すべてを包み込むような笑顔。
それだけで恭は何かを悟ったようだった。
「逝っちゃうの?」
沙夜斗は淋しげに笑う。
恭の目に涙がたまる。
俯いて何事か考えていた恭が、ふいに顔をあげる。
「大丈夫だよ……一人でも、大丈夫だよ」
その表情は必死に泣くのをこらえ、笑顔をつくっている。
沙夜斗に心配をかけないように……。
沙夜斗は指で、恭の眦に溜まっている涙を拭いて、深くキスをする。
―最後のキス―