天使の降る夜

「沙夜斗からスペアキーを貰って、引越しして……てんやわんやで今がある：みたいな？」
忙しく通り過ぎた日々の生活を思い出して笑う。
あの引越しで皿四枚、コップ二個を失ったのを思い出したのだ。
「俺が皿を取り落として割ると、今度は大丈夫かって慌てた沙夜斗が皿を割ってさ」
その時の、沙夜斗の慌てぶりを思い出すと、笑いが込み上げてくる。
「一緒に暮らすうちに沙夜斗のこと、色々わかってきたんだよな」
例えば独占欲が強いこと、例えば朝が弱いこと。
以外に料理がうまくて、マメなこと。
過保護と呼べるほど、世話焼きなこと。
一緒に寝ていて無意識に相手を抱き寄せる癖。
色々な沙夜斗を知ることは楽しかった。
しかし同時に悲しいこともあった。
一度、そうたった一度だけだが、沙夜斗を怒らせたことがある。
沙夜斗と同居して一週間が過ぎた頃、沙夜斗と出会ったゲイバーに足を運んだ。
初心を忘れないように、ではないが、沙夜斗と出会った喜びを、一人で感じたかった。
一人で飲んでいると三人の男が近づいてきて、一緒に飲まないかと誘ってきた。もちろん断った。
ゲイバーで一緒に飲んだその後、どうなるかは目に見えていたからだ。
バーをでてすぐ、待ち伏せしていたその男たちに、裏路地に誘い込まれた。
口にハンカチを詰められ、後ろ手に縛られてめちゃくちゃに犯された。
それを沙夜斗が見つけて助けてくれた。
相手を殴り飛ばして、恭を殴って、マンションに連れて帰った。
そして連れ帰った恭を犯した。
怒り狂った沙夜斗には、恭の言い訳は通用しなかった。
それから一週間、沙夜斗はマンションに帰ってはこなかった。
その間恭は一人で待っていた。
許してほしくて、逢いたくて、ただそれだけだった。
泣きながら、一人の夜を幾度も過ごした。
……あんなに悲しい夜は産まれて初めてだった。
―あんな夜はもう二度と経験したくない―