天使の降る夜
「沙夜斗との喧嘩ってあれが最初で最後なんだよね」
少し淋しげに笑う。
その後の彼は喧嘩できる状態ではなかった。
もう二度と誤解される行動はとらない、もう二度とあんな淋しい夜は過ごしたくないと思ったことさえも、今の恭にとっては、懐かしい思い出だ。
目の前に、彼と住むマンションが見えてきた。
駐車場に車を停め、エレベーターで上へと上がる。
部屋の前で止まり、深呼吸で気持ちを整える。
気を抜いたら、泣いてしまいそうだ。
ドアを開け、部屋に入る。
そして迷わず寝室を目指す。
「ただいま。沙夜斗、起きている?」
そっと中を覗く。少し小さめのダブルベットに、静かに横たわる人影がある。
「沙夜斗?」
ドア付近の電気のスイッチを入れる。
パッと部屋全体が明るくなる。
そのままベッドに近づく。
「沙夜斗」
愛する人の名前をそっと呼ぶ。
沙夜斗がそっと目を開ける。
目の前の人物を見て、それが恭だとわかると、フッと笑みを見せる。
「おかえり」
恭の好きな笑顔だった。
沙夜斗は、自分がどんなに辛くても、恭を笑顔で迎えてくれる。
心配させないために……。
沙夜斗はとても痩せ衰えていた。
肺ガンを病んでいて、末期が近いのだ。
沙夜斗はとても聡明だった。
彼は自分の最後を悟り、自宅療養を望んだ。
その願いを、恭も担当医も叶えてやりたかった。
「ゴメン、起こして」
そんな、変わり果てた恋人の側に腰を下ろし、「おはよう」と囁いて頬にキスをする。
「今日はどんなことがあったんだ?」
恭の一日の出来事を尋ねることが、沙夜斗の習慣になっていた。
「今日は、三年生のテスト返しをしたよ」
それから恭は自分の一日を話し始める。
沙夜斗が退屈しないよう、気をつけて。
「答えの説明をしても、納得しない生徒がいてさぁ、大変だったよ……」
自分の一日を話している恭を、沙夜斗は微笑んで見つめている。
とても優しい情景である。
恭も沙夜斗も、この時間が永遠に続くのを望んでいる。
決して来る事のない、希望の天使が降るのを……。
少し淋しげに笑う。
その後の彼は喧嘩できる状態ではなかった。
もう二度と誤解される行動はとらない、もう二度とあんな淋しい夜は過ごしたくないと思ったことさえも、今の恭にとっては、懐かしい思い出だ。
目の前に、彼と住むマンションが見えてきた。
駐車場に車を停め、エレベーターで上へと上がる。
部屋の前で止まり、深呼吸で気持ちを整える。
気を抜いたら、泣いてしまいそうだ。
ドアを開け、部屋に入る。
そして迷わず寝室を目指す。
「ただいま。沙夜斗、起きている?」
そっと中を覗く。少し小さめのダブルベットに、静かに横たわる人影がある。
「沙夜斗?」
ドア付近の電気のスイッチを入れる。
パッと部屋全体が明るくなる。
そのままベッドに近づく。
「沙夜斗」
愛する人の名前をそっと呼ぶ。
沙夜斗がそっと目を開ける。
目の前の人物を見て、それが恭だとわかると、フッと笑みを見せる。
「おかえり」
恭の好きな笑顔だった。
沙夜斗は、自分がどんなに辛くても、恭を笑顔で迎えてくれる。
心配させないために……。
沙夜斗はとても痩せ衰えていた。
肺ガンを病んでいて、末期が近いのだ。
沙夜斗はとても聡明だった。
彼は自分の最後を悟り、自宅療養を望んだ。
その願いを、恭も担当医も叶えてやりたかった。
「ゴメン、起こして」
そんな、変わり果てた恋人の側に腰を下ろし、「おはよう」と囁いて頬にキスをする。
「今日はどんなことがあったんだ?」
恭の一日の出来事を尋ねることが、沙夜斗の習慣になっていた。
「今日は、三年生のテスト返しをしたよ」
それから恭は自分の一日を話し始める。
沙夜斗が退屈しないよう、気をつけて。
「答えの説明をしても、納得しない生徒がいてさぁ、大変だったよ……」
自分の一日を話している恭を、沙夜斗は微笑んで見つめている。
とても優しい情景である。
恭も沙夜斗も、この時間が永遠に続くのを望んでいる。
決して来る事のない、希望の天使が降るのを……。