【SR】メッセージ―今は遠き夏―
マンションの階段を上りながら、久しぶりに母の笑顔を思い出した。
トン、トン、と小気味よくアパートの階段を上る音は、母が帰宅した合図。
百夏は玄関まで迎えに出て、ドアが開くのを笑顔で待っていたものだ――。
この頃はもう、母のことは時々思い出す程度でしかなかったことに気付く。
日々の生活をこなすうち、目の前から消えてしまった人の記憶が徐々に風化してしまうのも、仕方のないことなのかもしれない。
けれど、それはとても寂しいことだ。
同時に、いつか自分は母のことを忘れてしまうのではないかと思うと、とても恐くなった。
あんなに大好きだった母なのに。
自分は、薄情な人間なのだろうか……。
せめて、父や兄弟等、思い出を共有する人がいればその速度も違うのかもしれない。
だが、今の立場である以上、自分で時々こうして思い出してゆくしかないのだ。
部屋に入るとすぐ、百夏は母の写真の前に座り、久しぶりにゆっくりと手を合わせた。