今宵、月の照らす街で
多香子の背筋に一瞬、悪寒が走る。


多香子は反射的に仮対策室の窓を振り返った。


「室長?どうなさいました?」


お茶を運ぶあずさが、青ざめた多香子に声をかける。


「いや…なんか…変な感じがしただけ…ゴメンね」


「大丈夫です。先程、梅宮カオルに対する尋問に関する報告書を千鶴さんが室長に、と」


黒くて薄いファイルを手渡される。開くと、全ての会話内容と、それに伴った梅宮の些細な動きが、一瞬も逃さずにワードで記録されていた。


そして最後のページに、黒幕の存在がが記されていた。しかし、今回の大規模な事件から、梅宮カオルによる個人的な犯行でない事は予測済み。その為、重い事実だが、多香子に大きな衝撃は無かった。


―――黒幕…か…


他に、特に気になる点は記されていなかった。ただ、注釈に、千鶴直筆の、流れる様な綺麗な文字が並んでいた。


“明奈に必ず見せて”


―――明奈さん?


「あずさちゃん。明奈さんを呼んで頂戴?」


「わかりました。直ちに」


あずさが室長から離れる。多香子は溜息をついて、仮対策室の窓際で珈琲を飲む杏里を見た。


「どうした?」


「杏里さん…少し辛くなってきちゃいました」


多香子は微笑んでいるが、その瞳には涙が浮かんでいた。


杏里は珈琲カップを口から離す。


「お前は充分頑張ってるよ。迷うな。前だけ見てろ。俺達はお前について行く」
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