今宵、月の照らす街で
対策室近くの自販機が低く唸りながら佇む。


その前に列ぶソファに、明奈はうずくまっていた。


「明奈さん…?」


明奈を追ってきた成二の声が届いたのか、丸めていた身体を起こす。


「…」


言葉が見つからない。


―――たか姉だったらなんて言うだろう…?


いくらそう考えても、多香子の考えが浮かぶ筈も無く、沈黙だけが続いていく。


…。


……。


………。


…………。


……………。


………………。


…………………。


―――無理だ。


耐えられない空気から逃れようと立ち上がると、明奈に手を引っ張られた。


「…行かないで?」


そう言って、掴んだまま離さない手と、少し赤に染まった眼と頬。


成二は、もう一度腰を降ろす。しばらくすると、明奈がようやくその口を開いた。


「なんか…昔を思い出しちゃったの。京都にいた頃…大切な人を殺した頃のこと」
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