今宵、月の照らす街で
玄関を開けると、見慣れた優しい明かりが眼に飛び込んでくる。


「お帰り、明奈」


車椅子の車輪が軋む音がした。


「兄さん…まだ起きてたの?」


「うん」


小龍沢八龍次席春日家先代当主、春日明人[カスガ アキト]は、ゆっくり明奈の元に車輪を回す。


「傷は痛む?」


「大丈夫だ」


かつて、明奈を護るために負った傷は、明人の神経を傷付け、下半身に麻痺が残った。


現役の退魔師を引退した明人のキャリアは、全て明奈に引き継がれて今に至っている。


身体の自由がきかないにも関わらず、いつも気丈に振る舞う兄の姿に、明奈はいつも胸が締め付けられていた。


「明奈、少しお茶でも飲むか?」


「いいよ、兄さんが寝れなくなっちゃう」


やんわりと笑う兄は、車椅子を居間に向かわせた。


「いいから来い」


明奈は何も言わず、兄を追いかけ、静かに車椅子を押した。
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