奏。‐カナデ‐
カチャ…
しんとしている音楽室には、誰も居なかった。
部活動の生徒も下校し始めている時間。
今、片瀬がここに居ないってことは、もう帰ってしまったと考えるのが普通かな。
あたしは希望を、捨てきれない。
もう1度、彼の心を垣間見る事が出来たなら・・・今度は、彼を絶対に独りにはさせたくないと思った。
もう1度、伝えるチャンスがあるなら・・・。
あたしは無意識に、ピアノに近づきイスに座った。
初めて、自分でこのピアノを開く。
ポン、と鍵盤を押す。
正直あたしはピアノのことは何一つ知らない。
・・・ふと、前片瀬が弾いてくれた『きらきら星』を思い出した。
片瀬が、"元気が出る曲"って言って弾いた曲。
自分で『きらきら星』を弾いてみる。
だけど全然、片瀬が弾いていたものとは違う。
下手くそなピアノ。
不意に涙がこみ上げる。
・・・片瀬。
もうあなたのピアノを聴くことは出来ないのかな
あの綺麗で、どこか切ない音色を。
片瀬、好きなの
傍に居たいの。
昨日、目を背けてしまった闇にもう1度
もう1度・・・
「下手くそなピアノ。」