奏。‐カナデ‐





片瀬に言うと、こっちに顔を向けないままぶっきらぼうに言った。

「女に奢ってもらえっかよ。冗談だっつの
 ・・・・奢りは、この前のお礼ってことで」

"この前"
・・・あぁ、音楽室でのことか。

なんだよ、意外に律儀なのかよ。(笑)

「・・・クレープも食べたいな」

「調子乗んな」

・・・くそ。
2回目はそううまくいかないってわけですか(泣)


「お前は本当、冗談きかねえな」

「えっ?」


「・・・クレープ。何味がいいんだよ」


たぶんそのときのあたしの顔は、笑えるくらい明るくなってたんだろう。

笑顔であたしの頭をクシャクシャって撫でた片瀬が、どうしようもなくかっこよく見えた。











・・・・楽しい時間を、ガラスケースに閉じ込めて持っておけたらいいのに。
あたしはそう、本気で思ってた。

でも、でもね。

楽しいことばかりじゃ、本当に大切なことに気づけないんだよ。


だからきっと、気づけなかった。
悠人がどんな思いであたしの隣に居たのかを。

楽しかった時間は決して嘘なんかじゃない。

けど、苦しいことも覚えておかないと消えちゃいそうだった。

全部全部、消えちゃいそうだったから。




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