奏。‐カナデ‐
「―……」
真剣に走る彼は、誰よりも格好良く見える。
ふと、走っている彼の視線があたしに向いた気がした。
その瞳に捕まえられた瞬間、顔が熱くなるのがわかる。
そのとき、片瀬が走るスピードをぐんとあげた。
―あっという間に2人を抜き、1位でゴールテープを切った。
わぁっと歓声が上がった。
でも、あたしにはその声が別世界のように切り離されて聞こえる。
感じるのは、彼の視線と存在・・・それだけだった。
「片瀬~ナイスッ!」
「お前かっこよすぎなんだよ~!」
クラスの男子からも女子からも歓喜の声を浴びている片瀬。
ひそかに他のクラスや学年の人たちも片瀬を見ている。
喜びがおさまってきた頃、片瀬が何となくあたしの方へ歩いてくる。
「・・・コケなかったよ」
「コケたらしばいてた(笑)」
「ははっ!」
そして顔を見合わせて、2人同時にピースサインをする。
「・・・・片瀬、走るの好きじゃんね」
「あぁ。・・・でも、やっぱピアノかなぁ」
「・・・本当に好きな方しなよ」
一瞬沈黙があった。
それから片瀬は向こうの方を向いてあたしの頭を乱暴にクシャクシャと撫でた。
・・・あぁそうか。
コレは彼なりの照れ隠しだったんだ。
彼を見つけた気がして、嬉しかった。