夢で桜が散る頃に。

せやなぁ、俺はこんな高いもん買う金なんてもっとらん。
筈なんやけど‥‥

「なぁ、菜乃葉。なんか欲しいもんはないか?」
「はぁ、あんた何言って‥‥自分から棺桶に足突っ込んでる様なもんよ!!」

そ、それは困った言いようやなぁ。
でもな、棺桶がもう見えているからこそ、何かお前に残したいんや。

「‥‥いらない」
「え?せやけど‥‥ぉおっ!!」

俺の腕を引っ張って、菜乃葉は店を出た。
外を見れば、辺りは真っ暗になっとった。
もう、夜の8時。
菜乃葉はそのまま、公園に俺を引っ張った。
七色にライトアップされた噴水から、宙に舞い飛ぶ水。
時計の花壇もライトアップされて、色とりどりの花が風に揺れた。
つい最近まで満開に咲いていた桜の花はもう散っていて、あと少ししかなかった。
散った花びらは、地面をピンクに染めとった。

‥‥そろそろ、か。

今日の『夢』で見たのは、事務所に迎えに行ってから、今までの事。
菜乃葉が何も俺に買わせなかったのも、『夢』とまんまの通りやった。
少しは、『夢』と同じ行動をとらん様にしてみたけど、出来んかった。

未来を変える事は、そう簡単に出来んか。

「どうしたの?志黄?」

もうすぐ、お前を悲しい現実に、『夢』ではない現実に突き落としてしまう。
悪いなぁ、菜乃葉。

「菜乃葉、キスしてええか?」
「な、何そんな‥改まって」
「ははっ、せやな」

そっと唇を付ければ、暖かい体温が伝わる。
唇を離せば、まだ少し冷たい春の風が、俺たちを割って入った。

「これまで、一緒か」
「え?」

『夢』に、ここまで支配されとるんか。
確かな、ここから俺はお前を抱きしめるんや。

「どうしたの?今日は。外でなかなかこんな事しないのに」

菜乃葉を抱きしめる腕に、力を込める。

「すまんな、菜乃葉。未来は簡単に変えられるもんやなかった」

これは、『夢』と違った。
こんな台詞、『夢』では言っとらんかった。
未来をほんの少し、変えられたんや。
そう思ったけど、ここが変わっても意味は無かった。
菜乃葉を自分から突き放し、菜乃葉のいた場所に俺は踏み出した。





ドスッ





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