夢で桜が散る頃に。
「もう、時間なんや」
「‥‥時間?」
そう言いながら志黄は私に手を伸ばすが、その手も私に触れる事は出来ない。
「菜乃葉、これからも俺はお前を見守っとる」
「‥うん」
「せやけど、お前はちゃんと自分のやりたい様に生きるんや。な?」
「‥分かってるわよ」
手紙にもそういう風に書いていたじゃない。
「他の誰かと恋してもええ。お前が決めた相手なら‥‥うおぉ!!」
私は思いっ切り腕を振り上げた。
当たらない。
いや、当たる事なんてないのに志黄は反射的にそれを避けた。
「な、何すんねん」
「言っておくけど、私は志黄以外に受け入れないのッ!!‥‥そんな事、言わないでよ」
「す、すまん」
あのね、志黄。
私はちゃんとあんたに伝えておきたい事があったの。
どうしても、どうしても。
あの時あんたにちゃんと聞こえていたか分からないから。
「志黄、私はあんたといれて幸せだったから」
「‥おおきに」
「だから、私を幸せに出来るのは、あんたしかいないのよ」
「‥お、おおきに」
志黄は笑って、足元に視線を落とす。
そこには迫ってきた黒が、闇が、もう足元を喰おうとしていた。
「また、『夢』で会える?」
「分からんなぁ。菜乃葉が良い子にしとったら会えるかもしれん」
「何よ、それ」
「俺はまた会えると‥信じとる」
「‥うん」
「菜乃葉、いってらっしゃい」
「‥うん。いってきます、志黄」
そうして、闇は全てを飲み込んだ。
志黄が見えなくなると、私はまた闇の中で一人になった。
急に寂しさが心に浸透し、私はギュッと目を閉じる。
「‥‥しお、う」
そう名前を口にして、ゆっくりと目を開いた。