涙の終りに ~my first love~
シンガポール・ナイト
気がつくと時計の針は十時を少し過ぎていて、
そろそろ切らないと迷惑かなと思ったオレは思い切って
「いつでもいいから都合のいい日に会わない?」と誘ってみた。

本当は今すぐにでも逢いに行きたかったが、数年ぶりに電話で話したばかりなのに、
いきなり”今から会おう”と言うのはあまりにも露骨な感じで、
ヘタすれば飢えているようにも取られ兼ねないので言い出せなかった。

それに今現在つき合っている男がいるんなら、二人きりで会うのは無理だなとも思っていた。

結局、今週の土曜日に会う、それまでにまた電話をすると約束をして電話を切った。

正確には「じゃまたね」と言った後で、真子が電話を切ったのを確認してから受話器を置いた。

まだ話したい事は沢山あったけど、何故か満足していて胸がいっぱいだった。

電話を切った後の胸いっぱいなこの気持ちは、
遠い昔に忘れてしまっていた中学生の頃のあの幸福感だった。

「そうだ、オレはこんな幸福感をあの当時味わっていたんだ・・・ 」と
懐かしんでいたが、幸福と不幸ってのは背中合わせで、オレの場合は幸せな気持ちに酔いしれているとすぐに不幸が降りかかってくる事を忘れてはいけない。

週末には逢える、その幸せな気持ちの後ろをとんでもない不幸が付いて来ている、
少なからずそんな悪い予感も感じていた。

部屋に戻るとブラックキャッツのナンバーを聴いた。

ベッドに横になると枕を抱きしめながら「早く土曜にならないかな・・・」なんて思い、
「Oh Baby 今夜もあの娘とシンガポール・ナイト~」と
高田誠一さんのヴォーカルに合わせながら鼻歌まじりで目を閉じた。

疲れていたのですぐに心地よい睡魔に襲われると、
辛い夜をいくつも越えてきた甲斐があったなと思った。

そしてもう今夜からは夢にあの長い階段が出てくる事もない、
そう思うと母親の手の中で眠る子供のような安心感に包まれて深い眠りについた。
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