【短】きみに溺れる
ためらいもなく見つめられ言葉に詰まる。
私の不純物を取りのぞく、彼の瞳のフィルター。
だけどそこに生身の私が映ることは、ない。
テーブルには沈黙が漂い、食事の音だけがしばらく響いた。
お飲み物はいかがですか? と店員さんに訊かれ、私は首を振った。
わずかに残ったジントニックに、照明の丸い光が満月のように浮かんでいる。
「椎名先輩は、さやかさんと結婚しないんですか?」
我ながら陳腐な質問だ、と口にしたとたん感じた。
「さあ」
彼は興味なさそう笑う。
「俺もさやかも、まだ学生だからな」
「でも、さやかさんみたいに素敵な人、早くしないと誰かに取られちゃいますよ。
高校の頃だって、彼女に憧れている男子は多かったと思います。
頭もよくて、みんなに優しくて。私にとっても憧れの先輩で――」
「黒崎」
めずらしく口数の多い私を、彼は咎めるような目で見つめた。
なぜ今、そんな話をするんだ?
と言いたげな目で。
なぜ?
わからない。
そんなの私にわかるわけがない。