【短】きみに溺れる

――隠してたんだ、俺が。


レンとさやかさんの仲を初めて知ったとき

戸惑う私に、彼はたしかにそう告げた。


『付き合ってることがバレないよう、ずっと隠してた』と。



誰もいない放課後の校舎。

彼の肩のむこうに続く廊下が、薄闇に溶けて見えて

自分まで消えてしまいそうだった。


『でも……私以外の人はみんな知ってましたよ』


と、言い終わるより先に、私はレンに抱きしめられた。

彼のブレザーのえりが、頬に強くこすれた。


『そうだよ、黒崎にだけ隠してた』


頭のすぐ上で、彼の声がかすれた。


『お前にだけは知られたくなかったんだ』


そう言って彼は腕をほどき、私を残して去った。


私は足の力の入れ方を忘れてしまったように

その場にへたりこみ、いつまでも立ちあがれずにいた。






「――あれから俺はすぐに卒業したし、もう二度と黒崎に会うことはないと思ってた。
あのときだけ、一瞬だけの、過ちだと……」

「過ち?」


無意識にくり返した声が、聞きとれないほどに震えた。


私はあの言葉にずっと、ずっと縛られてきたというのに。

あなたはそれを、ただの過ちだったと言うの?



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