【短】きみに溺れる
「私……帰ります」
そう言って席を立ち、彼に背をむけたとたん涙がこみあげた。
絶対泣くものかと唇をかみ、店を出たところで、後ろから腕をつかまれた。
「黒崎」
「離してっ」
私の声はあたりに響き、遠まきの視線が突き刺さる。
それでも一度あふれだした激情は、おさまることがなかった。
「なんで追いかけてくるんですか。帰るところがあるなら、これ以上私といる意味なんてないでしょう?」
涙はとうに限界を超え、流れていた。
どうしようもなく悔しかった。
あれが過ちだというのなら。
私は今もひとりきりで、罪を犯し続けてるということだ。
たとえ彼の方はとっくに解き放たれているとしても。
「どうして……どうして」
その先の言葉が出なかった。
激しくしゃくり上げ、呼吸がうまくできない。
そのとき、腕をつかむ彼の手に力がこもり
かみつくように、唇を押しあてられた。