【短】きみに溺れる
彼の腕に包まれたまま目を閉じる。
耳の内側で響くような、心臓の音。
温かい皮膚の向こう側には、もっと温かい血が流れている。
私もこのまま彼の一部になってしまえばいい、と思った。
しだいに、せわしなく打っていた鼓動が落ち着きを取り戻していく。
それと同時に、さっきまで繋がっていたという事実も遠ざかっていくようで、哀しかった。
「……マーヤ」
30分ほど経ったころ、彼はやっと言葉を発した。
「寝ちゃったのか?」
顔をのぞきこんでくる気配。
そのまま眠ったふりをしていると、優しく肩を揺すられた。
帰ろうとしているんだ、
彼は、さやかさんの待つ部屋に帰ろうとしている。
私はまぶたを下ろしたまま眠ったふりを続けた。
彼が帰りづらくなるように。
このベッドから降りられなくなるように。