【短】きみに溺れる
だけどそんなずるい願いは叶わない。
わかっていた。
わかっていて、望んだ。
彼はそっと体を起こし私から離れていく。
彼の体温の残る肌に、乾いた空気が触れる。
服を着る音。
乱れた髪を手ぐしで整える音。
携帯を開き、着信を確認する音。
私を起こさないよう慎重に
日常へと戻る準備をする彼。
私はベッドに横たわったまま
閉じたまぶたの裏が、熱くなっていくのを感じていた。
「――…」
裸の肩に、ふっとキスされた。
その瞬間、涙は今にも流れそうになり、まつ毛の生え際をかすかに濡らした。
唇が離れ、部屋を出て行く足音が聞こえる。
玄関で靴をはく音。
ドアノブを回す音。
私を置き去りにする音。
――そして扉の閉まる音が響き
恐ろしいほどの静寂が、降ってきた。