【短】きみに溺れる
開店前の居酒屋は薄暗く、有線からヒットソングが小音量で流れている。
私がバイトに慣れるまで、レンが指導係として色々教えてくれることになった。
「まさか黒崎に会うなんて、ビックリしたよ。
東京って案外、せまいんだなあ」
彼はテーブルをひとつずつ丁寧に拭きながら、独り言のように言った。
「私も、すごく驚きました。
一瞬、先輩のソックリさんかと……」
「ははっ。んなわけねーだろ。
あいかわらず黒崎って天然だな」
“あいかわらず”なんて言葉を、簡単に使う彼。
そっちこそ、あいかわらずだ。
何も変わっていない。
表情ゆたかな澄んだ瞳。
すべて受け入れるような、おおらかな空気。
ゆるくうねった黒髪は、あの頃より少しだけ伸びたけれど。
「あの、先輩」
「ん?」
2年前の、
“あの言葉”の意味は――…
そう言いかけて、私は口をつぐむ。
「いえ、何もないです」