【短】きみに溺れる
「俺、そろそろ帰――」
言いかけた彼が言葉を止める。
「マーヤ、泣いてたのか?」
鏡の中で、じっと見つめられた。
「泣いてない……」
「でも目が真っ赤だ」
「花粉症のせいだよ」
「今は12月だし、ここは室内なのに?」
意地っ張りな子どもを諭すように、困った顔で微笑むレン。
この顔が好き、憎い、愛してる。
タオルで拭いたはずの頬が、また濡れていくのがわかった。
「泣いてる理由を、言ってもいいの?」
「聞くよ」
「……帰らないで」
「………」
「あの人のところになんか、帰らないで」
「マーヤ、それは」
「お願い、私をひとりにしないで」
「マーヤ」
「レンが好きなの。大好きなの。こんなに好きなのに、どうして」
「……仕方ないんだよ」
“仕方ない”
その言葉で、私はもう何も言えなくなった。