【短】きみに溺れる
やがて、空が白み始めた。
私たちはほとんど同時に目を覚まし、言葉もなく、ベッドをおりた。
コーヒーを1杯ずつ飲み、レンは部屋を出た。
扉の閉まる音を聞きたくはなかったので、私も駅まで送っていくことにした。
お正月休みの住宅街は、早朝ということもあり静まり返っている。
白い息のむこうに、止まったままの町なみ。
会話はなく、ザッ、ザッという自分たちの靴音だけが響いていた。
「マーヤ」
ふと彼は足を止め、コートのポケットから左手を出した。
「手、つなごうか」
包まれた私の右手は、彼のポケットに導かれる。
温かい、小さな世界。
それは彼と過ごした時間の中で、たしかに存在していた世界だった。
マンションの向こうから顔を出す朝日に、私は目を細めた。
「……初詣していかない?」
神社の前を通りかかったとき、私は言った。
「お正月らしいこと、まだ何もしてないから」
「そうだな。始発まで時間があるし、行こうか」