【短】きみに溺れる
壊れてしまいそうなほど、がむしゃらに恋をした。
あの頃の私には、彼がすべてだった。
だけど想いは少しずつ、過去のものになり
やがていつか完全に、優しい思い出に変わっていく。
それは、彼が私の中からいなくなるということではなく
永遠に残るということなんだ。
「――ごめん、おまたせ」
ぽん、と肩を叩かれて
私は我に返った。
「あ、お疲れ様。タツヤ」
「あれ?ずいぶんボーっとしてるけど、どうかした?」
昨年から付き合い始めた彼が、不思議そうに私を見る。
「ちょっとね、知り合いに似た人を見ただけ」
「そうなんだ。声かけてみれば?」
「ううん、いいの」
そう、とタツヤは気にとめない様子で言って、私の手を握った。
「じゃ、飯でも行こうか。
……真綾」
「うん」
私はタツヤの手を握り返し
穏やかな街の灯がともる大通りを、ゆっくりと前に歩きだした。
【END】