one contract

桃と紅を見送ったアオちゃんは、扉に後ろ手で鍵をかけて、ボクに向き直る。

そのアオちゃんの目の色は、深い、深い海のような青に変わった。
さっきまでは、晴れた空の様な青だったのに‥‥。
八重歯も、いつの間にか鋭くなっていた。

「スミレ」
「え?」
「名前、呼んでみただけ」

そう言いながら、アオちゃんはボクのYシャツの上のボタンをゆっくりと外していく。
そういえば、名前を呼ばれたの‥‥初めてだっけ?

今日は昨日の様な恐怖は無かった。
声は出る。
普通に喋れる。
でも、昨日と違って‥‥



ドキドキと心臓が五月蝿い。



「‥‥ッ!!」

走る痛み、痺れてくる感覚。
目に涙浮かんで、視界がぼやける。
ぽたり、と落ちる涙は首筋をつたっていき、アオちゃんはその涙に口付けた。

「ゴメンね、痛いよね。」

痛い。
でも、アオちゃんの声を聞くと凄く安心できたから、大丈夫。と返した。
そして、次第に痛みは快感へと変わっていく。

「ん、‥ぁあ、‥‥っ」

舐められるたびに聞こえる卑怯な音が、耳に響いては消える。
まるで、鐘の様に。
その音は、耳から離れなくて‥。

「ん、ありがとう。美味しかったよ」

そう言って口を離したアオちゃん。
ボクはただアオちゃんを見上げる。
すると目が合って、アオちゃんは少し困った様に笑った。

ボクはこの時、自分の中に芽生え出した感情にまだ



‥‥気が付いてなかったんだ。



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