主人とネコ(仮)
おそるおそる、ももはその本を手に取る。埃がかぶっていて、少し古めかしいものだった。
何枚かページを捲るが、そこには何も書かれていない。
「なんだろう、この本。それにさっきの声も……気のせい?」
――いえ、気のせいではありません――
「っ……」
本が、喋った……? いやでも、口なんてないし……。
んー、と悩んでいると、その本はまた、言葉を発する。
――魔力のある世界と、魔力のない世界。異界に住む人間と呼ばわれる者たちは、この世界の存在を知りません。ですが、彼ら人間がこの世界に迷い込んでくることは多々あります――
「……私のお母さんも、その一人」
――ええ。この世界に迷い込んだ人間の中には、悪魔と恋をし、そして家庭を持つことも珍しくありません――
( お母さんね、初めてお父さんと出会ったとき、女の子なのかと思ったのよ )
楽しそうに笑う、彼女の姿。少し不機嫌そうな顔をする、彼の姿。
( だってお父さん、髪の毛の色が桃色なんだもの )
( こっちの世界では珍しくないさ。異世界の者たちは黒髪が普通なんて、それの方がこっち(僕ら)にとっては驚きなことだね )
仲睦まじい二人の姿。暖かなその雰囲気に、幼い頃の少女も幸せを感じることができた。
――人間と悪魔の間に生まれた子は悪魔であるはずなのですが……――
「でも私は――」
彼女が言いかけた、その時。
「もも様」
凛とした声と、扉をノックする音が聞こえた。
咄嗟にももは謎の本にシーツの中に隠す。