主人とネコ(仮)
「ねえ、ミルア」
「はい、なんでしょうか」
「アイツ……魔王は、私を此処に連れてきたとき、なんて言ったの?」
「気を失っているもも様を抱えながら、“野良ネコを拾ってきた”とおっしゃいましたよ」
何かを楽しでいるかのような彼の表情を見たのは、あの時が初めてだった。
だからこそ、驚いた。普段、何一つ表情を変えない彼が――全ての者から恐れられる魔王様が、〝少女〟を拾ってきたのだから。
「野良ネコ!? なによ、それ!」
ももは不機嫌そうに顔を歪ませる。
「じゃあ私はアイツの〝ペット〟になったってこと!? そんなの絶対に嫌よ!」
怒りのあまり、思わず口が動く。
そんな少女の様子を、ミルアは物珍しそうに眺めていた。
――ああ、本当に、この少女は感情豊かだ。
「あの、私、〝野良ネコ〟じゃないから! そもそも、ネコじゃないから!」
必死に、ももは言葉を続ける。きっと彼女はイラつきのあまり、混乱しているのだろう。
ふっとミルアは笑みを零す。その笑みに、思わず少女は固まった。
「どうかされました?」
「……え? あ、いや、あの……やっぱり笑うとさらに綺麗だなあ、って思って」
その言葉に、彼女は一瞬目を丸くする。けれどそれは本当に一瞬だった。
「さあ、行きましょう」
「あ、うん」
「………」
――グレイから聞いた通り、思っていることが顔に出やすく、気づかない内に口から言葉が出るような少女だ。
表情豊かで、思っている言葉を素直に表す。
本当に、こういった者と関わるのは久しい。
だからだろうか。笑ったことにすら、気づかなかったなんて。
「――私もまだまだ、未熟者ね」
呟かれたその言葉は、誰に聞こえることなく、静かに消えた。