主人とネコ(仮)
「私ね、たまにこういうことがあるの。ショックが大きければ大きいほど、ひどくなる。自分を傷つけてしまうときだってある。……でもその度に、リーラがとめてくれた」
―― リーラ、ですか? ――
ももは小さく微笑む。この本になら、言っても構わないだろうと思った。
「妖精よ。小さい頃からずっと一緒にいるの。きっとリーラは私を探しにきてくれる。だから私は、待ってるの」
―― 妖精、ですか……。その方はどの精ですか? ――
「花の精よ。妖精に詳しいの?」
―― ええ、まあ……。 私自身、妖精でしたので ――
その言葉に、目を見開く。ベッドに腰掛け、仄かに光るその不思議な本を見つめた。
「妖精、だったの?」
―― ……知恵の精でした。妖精にはそれぞれの精によって異なる力を持っているとご存じですか? ――
うん、とももは頷く。
―― 私の力は〝想起の力〟です。一度知れば、二度と忘れることはありません。私はその力を生かし、多くのことを学び、記憶していました ――
けれど、と声は続く。
―― 知りすぎてしまったのです、私は ――
「……何を、知ってしまったの?」
―― ……それが、思い出せないのです。とても強力な魔法によって、私は一部の記憶を封じられてしまいました。私は昔、ある方に付き添っていました。ですがそれが誰なのかも、わかりません。ただ一つわかるのは、〝あること〟を知ってしまったために、私はその〝ある方〟によって、本にされてしまったということです ――
「ひどい……」
―― 知りすぎてしまった対価です、きっと。私には多くの知識があります。ですからもも様、困ったときは私を頼ってください。何か助けになるかもしれません ――
「……うん。ありがとう」
この子は強いね。知恵の精なら、色々なところへ行って知識を蓄えていくことが好きなのに。
どの妖精よりも、一番行動したがる精なのに。
本にされ、動くことができなくなった上に、自慢の〝想起の力〟を発揮することすらできなくなってしまった。
ずっと長い間、この本棚の中でたった一人、誰かに見つけられることを待ち望んでいたんだろう。