音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~
「これがいいの?」
“アンパンマンゼリー”を手に持ち、女の子と視線を合わせるように腰を落とした。
「アンパンマン!」
ゼリー1つで花が咲いたような笑顔になって…… なんだかあたしまで笑顔になる。
こんな喜んでもらえるなら早く近づいてあげればよかった。
「はい、どうぞ」
あたしからゼリーを受け取った女の子は大事そうに小さな腕の中に収め、あたしを見上げた。
「ありがと」
そう言って、身を翻して走って立ち去ろうとしたが……。
「ん?」
急に立ち止まり、振りかえって手を左右に振って、角を曲がっていった。
「バイバイ、か」
やっぱり“ありがと―――”と言われたらうれしい。
心がジーンッと暖かくなるはずなのに……。
今は……。
――― どうしてこんなに苦しくて、しょうがないんだろ。