音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~
「見てみて、いっくんに割引してもらったの」
両手イッパイにゼリーやヨーグルトを抱えてママの元へ戻った。
「よかったね。
そう言えば…樹くんに言わなくていいの? ――― “難聴”の事」
あたしは、ゆっくり俯いた―――。
たぶん、言った方がいいかもしれない。
でも……。
「言わないで。 いっくんに迷惑かけたくないし」
新学期までに治らなかったらたぶん、学校で苦労することは目に見えてわかる。
そんな時、誰かに側で助けてもらえたら楽なんだろうけど……。
「全く聞こえない訳じゃないし…… 大丈夫」
あたしにはまだ右耳の聴力は残っている。
だから、まだ頑張れる。
「そう…… 何かあったら言うんだよ?」
「はーい」
ごめんね、いっくん――― 黙っていて。
でも、許して。
もう少しだけ一人で頑張らせて。