音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~
「今日はゆっくり休め」


「うん、ありがとう」



ケーキ屋さんに行って、駅ビルを少し二人でウィンドウ・ショッピングして帰ってきた。


もちろん帰りもいっくんの後ろ。


「あのね、これ……」


「ん、何だ」


カバンの中から紙袋を差し出した。


今日はいっくんにおごって貰ってばかりだったから、あたしからいっくんにささやかなお礼。



「駅ビルのパンか」


「うん、美味しいって有名だから……」


もちもちしていて美味しいんだよね。
実はいっくんにこっそり内緒で買っていたんだ。


「…… どうして“食パン”なんだ?」


「本当は菓子パンとかドーナッツにしようと思ったんだけど。
味の好みがよく、分からなくて……

食パンだったらいっくんのパパとママでも食べられるかな…… って」


いっくんの朝は『トースト』ってイメージ。
だから食パンなら朝でも活躍してくれそうだ。


「サンキュッ。
明日から食うな」


「うん、ありがとう」


「じゃっ」


「バイバイ」


小さくなるいっくんの広い背中をいつまでも見つめ続けた。






< 373 / 557 >

この作品をシェア

pagetop