音のない世界 ~もう戻らないこの瞬間~
そう…… 唇を合わせるだけなのに。


「――― ゃぁ」


顔を背けてしまった。


怖いわけじゃない。
いっくんとキスするのだって嫌なわけじゃないけど……



「ごめん……」


なんだか…… 今、キスする事が出来ない。


「それでいいんだ、まお」


「――― えっ」


あたし、拒否したんだよ?


なのに、それでいいの?


「いっくん……」


「ん、どうした?」


なんで…… なんでそんなに、普通なの?


少しくらい傷ついた顔してよ。
少しくらい悲しい顔してよ。


そうじゃなきゃ、あたしが辛いよ。


「まお」


「――― っっ」


「まおが“拒否”するのなんて最初から分かりきっていたから」


拒否する気は、なかったんだよ。
でも…… イザとなったらなんだか、出来なかったの。


「嫌じゃなかったんだよ……」


「ん、わかったから」


いっくんが立ち上がり、あたしの頭を抱き締めてくれた。






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