達人
達人の発想にはとにかく驚かされるばかりだ。

ある日の事。

俺は道場で貫手(ぬきて)の稽古をしていた。

巻藁に手刀を打ち込み、指先を鍛える。

何度も何度も打ち込み、表皮が固く硬質化した指先は、まさしく刃のように切れ味を増し、強力な武器となる。

しかし。

「丹下君」

その様子を見ていた達人が言う。

「そのような無駄な稽古はしなくていい」

「え?」

またも俺は絶句する。

貫手の稽古が無駄とは…。

言葉に窮していると。

「丹下君、君は獣ですか?猛禽類ですか?爪や牙で戦う野生動物ですか?」

達人は俺の考えを見透かすように笑みを浮かべて言った。

「人間は爪や牙で戦うようには出来ていない代わりに、獣にはない知性がある。無理に爪や牙を鍛えるのならば、武器を手にした方が効率的です。武器がない時の戦い方など、爪や牙がなくとも対処できる」

つまり、無闇に五体を鍛え込むだけが能ではないと。

達人はそう言いたかったのだ。

< 23 / 29 >

この作品をシェア

pagetop