ポケットの中の天球儀
真琴は自分の質問で会話が途切れた事に気まずさを感じていたが、不意に、それを押しのけるように湧き上ってきた新しい感情に、自然と口元を緩ませていた。
「でも、もったいないよね。そんなに星があるのに地球だけだって…」
自分でも驚くほど素直な気持ちでそう言っていた…その言葉は深沢のフォローでも、気まずい沈黙を破るためでもなく、ただ純粋に、そう信じたいという偽りの無い気持ちで、それはどこかに忘れていた、懐かしい心でもあった。
自分の意見に同調した真琴に気を良くしたのか、深沢は嬉しそうに再び口を開く。
「だろ?だから俺は信じてる…今年こそ必ず第3種接近遭遇できるって」
「今年こそって、今年で何回目なの?」
「5回目…」
深沢は再び言いにくそうに間を置くと、悪い悪戯がばれたように白状する。
真琴のペダルをこぐ足が重くなる。
運転手の落胆を自転車の速度と背中から感じる空気で読み取った深沢が、取り付くように慌てて言った。
「で、でも、今回は何か起こりそうな気がするんだ、きっと…」
「そうね…」
真琴がわざと冷ややかに返事を返す。
―少し意地悪だったかな…
真琴は後ろで慌てふためく深沢の顔を想像すると、悪戯っぽい笑みを零す。
真琴自身、深沢との会話はとても心地よく…刺激的だった。
自分の持ついろんな感情が、深沢によって引き出されていくような気がした。
もちろん、深沢本人にはそんな意識は無いのだろうけど…
―でも、これって…
深沢との間に芽生え出した不思議な感情について考ようとした時、その当人が背中越しに声を上げていた。
「人が想像出来る全ての出来事は、おこりうる現実である」
思考を中断された真琴は、仕方なくその声の相手をする事にする。
「それって…?」
「物理学者、ウイリーガロンの言葉さ」
「博士の頭の中って、一体何人の学者さんが住み着いているのかしら?」
揶揄を込めてそう質問した真琴に、深沢は微塵の迷いもなく即答した。
「星の数ほどさ」
冗談とも本気ともつかない深沢の言葉に、真琴はおかしくて笑いだしていた。
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