ポケットの中の天球儀
波打ち際を走る真琴の心境は複雑であった。
このまま鳥居に着き亥の時を迎えれば、言い伝えが起こっても起こらなくても、全ての答えが出る。
つまりそれは…この冒険の終わりを意味していた。
それに気づいた途端に、真琴の心に寂しさがこみ上げてきたのだ。
真琴は今、とても充実し満たされた時間の中にいる。
それは、ここしばらくは感じなかった感覚…生きている実感とでも言うべきか。
だから、この大切な時間が終わってしまうのが怖かった…またいつもの自分に戻ってしまいそうな気がしたから。
ずっとこのままの時間が続けば…
そんな真琴のささやかな願いは、深沢の声で終わりを告げる。
「あの大きな岩だ、あそこにある鳥居に光の船が現れるんだ」
深沢は立ち止まり海の方を指差すと、息を切らしながら声を上げた。
真琴がその方向に視線を向ける。
深沢の言うとおり砂浜から100メートル程の海の中に、大きな岩が何個か並んで浮かんでおり、その上には、かなり色褪せた朱塗りの鳥居があった。
真琴は湧き上る高鳴りを抑えながら深沢を見る。
「時間は?」
「ギリギリセーフ…あと10秒だ!」
時計に目を落としながら、深沢がカウントダウンを始める。
真琴も深沢の時計を覗き込むと、声を重ねてカウントダウンに加わった。
混じり合う二つの声が、その瞬間に近づいていく。
映画のスローモションを見ているように、時間の経過がゆっくり感じられた。
どちらからともなく目を合わせ、大きく一つ頷きあう。
「5、4、3…」
自分の声がとても遠くに聞こえる。
お互いの鼓動が伝わるくらい心拍数が上がる。
秒針はもう一つの世界である24時に向かって時を刻んでいき、そしてついに21時…亥の時を告げた。
「ゼロ!」
二人は期待と不安に声を張り上げると、光の船を求め鳥居に視線を釘付けにした。
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