ポケットの中の天球儀
亥の時を過ぎてからどれくらい経つのだろう。
二人は無言のまま、海の中の鳥居を眺めていた。
静かな波の音が心地よく、それまで張り詰めていた緊張を忘れさせてくれる。
光の船は時間を過ぎても一向に現れる気配が無かった…
真琴は肩の力を抜き小さく吐息を吐き出すと、ふと夜空を見上げる。
―嘘…!
真琴は思わず息を飲む。
夜空は天球儀でさえも嫉妬を覚えるほどの、満天の星で埋め尽くされていた。
150億光年の広がりを見せるスクリーンには、神話に登場する星座達がひしめき合い、その向こうには淡い光を放つ天の川が、はっきりと浮かび上がっている。
「星が、重たいね…」
真琴は夜空を見上げたまま独り言のように呟く。
深沢はまだ奇跡を信じているのか、何も言わずに鳥居を見続けている。
「来なかったね、宇宙船…」
真琴が深沢を気遣うようにそう言うと、深沢は諦めたのか…ため息を一つつき肩を落とす。
「言い伝えも宇宙船も来なかったけど…」
真琴は小さく息を飲み込むと、偽りのない心の声を言葉にした。
「わたしが本当に見たかったのは、この星空なのかもしれない…」
直接心に響くような澄みきった声に、深沢が驚いたように真琴の横顔を覗き込む。
淡い星達の光に浮かび上がる真琴の横顔はとても穏やかで迷いが無く…美しかった。
「ずっと、ずっと忘れていた。こんなにもきれいで、懐かしい星空があったって事を…」
心の中から湧き上ってくる感情に任せ、真琴は言葉を続ける。
「東京に行ってから、ずっと勉強で忙しくて、大切なものが見えなくなってた…ううん、見ようともしなっかった。忘れずにいようと思えば、ちゃんと心に残しておく事だって出来たのに…」
まるで自分に言い聞かせるようにそう言うと、真琴は静かに瞳を閉じ心に誓った。
―この星達の事を忘れない…
冒険が終わって再び日常が戻り…忙しさに自分を見失いそうになったら、今夜の事を思せばいい。この星達を心の中に描く事が出来たら、きっと大切な心を見つけ出す事が出来るはずだから…
真琴は瞳を開けると、もう大丈夫…と言うように星達に微笑みかけた。
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