ポケットの中の天球儀
深沢は、一瞬にして大人になった真琴の横顔をしばらく見つめていた。自分だけが取り残され、置いていかれるような寂しさを感じていのだ。
だが、やがてそれを受け入れたように笑みを零すと、真琴が見ている星空を見上げ静かに話し出す。
「私たちには空があった…」
真琴が見せた変化に劣らぬほど深沢の声は落ち着き、穏やかだった。
「空はどこも星だらけだった。私たちは寝転がって星を見たものだ。そして、星は作られたのか、たまたまできただけなのかと、話し合ったものだ…」
「それは、どんな学者さんの言葉?」
「ハックルベリーフィンさ」
少し悪戯っぽく口を尖らせる真琴にそう答えると、深沢は小さく笑って見せた。
聞いた事も無い科学者の名前が出てくると予想していた真琴は、虚をつかれたように深沢を見る。
「そんな顔で見るなよ」
「だって…」
「俺が天文オタクやってるのも、同じ理由なんだ」
「同じ…理由?」
深沢は頷くと再び夜空を見上げる。
「物心ついた時からずっとそんな事考えてた…そう思ったらどうしても星の事が知りたくて、図書館に行って星と名のつく本を全て借りてきた」
深沢は科学者とは程遠い、澄みきった少年の瞳を輝かせる。
真琴は釣り込まれるように、その無邪気な横顔を見つめていた。
「でも、どれも難しくて…その中で読めたのは『星の王子様』だけだった」
深沢が真琴に視線を戻すと、悪戯っぽく笑ってみせる。
真琴はそんな深沢の言葉を受け静かに目を閉じると、幼い記憶の中にある言葉を口にしていた。
「星があんなに美しいのも、目に見えない一輪の花があるから…」
それは、深沢が唯一読む事が出来た本の中にある言葉であった。
驚きの表情を浮かべる深沢に、真琴は呟くように先を続けた。
「本当に大切なものは目に見えない…星の王子様が始めて友達になった名も無き狐がそう教えてくれた」
真琴は目を開けると深沢に微笑んで見せる。
「サンクデヂュぺリ…わたしが初めてお母さんに読んでもらった本よ」
「これで共通の話題が出来たな」
「ホントね」
二人は小さく笑いあう。
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